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自分でプリント

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モノクロだと自分で現像して、プリントできるんですよね。
それなりの材料や設備がいるのだけれど。

私がいつも現像に出している街の写真屋さんはちょっと不思議な店です。
裏通りにあって目立たないような感じなのに、
お店にいると、次々とお客さんが入ってきます。
小さいオフィス街の裏通りの写真屋さんなので、入ってみるまで
「こういうお店はどんどん潰れちゃうんだろうな」って勝手に思ってました。
近所に時間が売り物のプリントサービスの店がガンガンできていたし。
でも、商売っていうのはちゃんとプロの技を持っていれば、
わかる人が自然と寄ってくるものなのですね。

この店は先代のご主人が、焼きのプロ!だったそうで、
当時はプロの方も含めて、このご主人に焼いてもらいたい!ってお客さんが
沢山来ていたそう。
そのまま息子さん達が受け継いで、今に至っているわけです。
なので、この店に来る人は近所の人ばかりではなく遠くからもやって来ます。
そんな事情をまったく知らない私はたまたま飛び込んだわけで、
ラッキーとしか言えません。

さて、そんなお店ですから、お客さん同士の交流も盛んです。
その中でも私は針穴写真ですから、異質な存在。
それが幸いして、あっという間にお仲間にしてもらいました。

その中のお一人、Kさんが自分の事務所を改造して
完全な暗室対応にセッティングしてあるんですね。
皆さんに「一度、モノクロを自分でプリントしてみな〜」と言われ
Kさんのところで言われるがままに焼いてみたのが、今日の針穴写真。
大人の科学の付録カメラにイルフォードというフィルムを使いました。

現像はKさんに完全にお任せして、説明をしてもらってから
自分で焼いてみました。
引き伸ばし機にフィルムをセットして
真っ白の印画紙に大きさやピントなどを合わせる。
印画紙の号数や、時間などもKさんのアドバイスに従う。
真っ暗の中でスイッチを押し、さっと液にくぐらせる。
ふわっとなにか像が浮かんだなって思ったら
次の瞬間は一気に画像が広がる。
もう、その瞬間の、何とも言えない感覚。
これはやってみなきゃわからない感動。

印画紙の号数や、焼く時間を微妙に変えるだけで
全然違った画像が現れる。
何回も、何回も同じものを焼いてみる。
ちょっと濃く、ちょっと薄くって。
時間はあっという間に過ぎ去ります。

あー、ウチにも、暗室が欲しい。
引き伸ばし機が欲しい〜って叫んじゃいました。

現像段階でもう一度写真を撮る、という意味が
自分でやってみて初めてわかりました。
焼く時のイメージをちゃんと肝に据えて、モノクロは撮らなきゃなって
心底思います。
それだからこそ、モノクロは難しいなぁって思うわけです。

というわけで、ご好意の上にあぐらをかいて、
明日またKさんの事務所にお邪魔します。
この写真屋さんお客仲間のもうひとりと一緒に。

しかも、前回は35mmだけだったのに、
今回はブローニ用の引き伸ばし機も倉庫から出してくれたとのことで、
初めてブローニも焼いてみます。
できたら、覆い焼きとかいう技術も見せてもらおうかと
図々しいことを企んでいます。
by hariana_no_kokoro | 2005-02-25 17:45 | 雨の針穴 | Trackback(1) | Comments(8)

水が流れる街で

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人生の中の大部分を隅田川の側で暮らしている。
でも、部屋の窓から隅田川が見える場所に住んだのは、
実は今が初めて。
ずっとずっと、部屋の窓から隅田川が見える生活に
憧れていた。

子供の頃住んでいた隅田川の側は
いわゆる“川こっち”だ。
江戸っ子じゃないとわからない感覚かもしれないが、
隅田川を千葉側に渡ることを“川向こう”っていうのだ。
大川までが江戸の内…って感覚かな。
だから、初めて“川向こう”に住むことになった時、
父親と二人で落ち込んだ。
都落ちだ……と。

でも、それからずっと“川向こう”で暮らしている。
川向こうの入り口で暮らしている。

“川こっち”で暮らしていた時、隅田川しかなかった。
何代か前の都知事のおかげで、小さな運河はどんどん埋め立てられ
橋はなくなり、地名は無機質になり、ただの都市になっていっていた。
だから、隅田川は、隅田川。
川幅が広くて、気持ちが良かったけど、隅田川、独立した存在だった。

“川向こう”で暮らすようになって、
隅田川も含めて、小さいのから、中ぐらいの、支流まで、
運河や川が毎日の生活に密着した。
水が流れる街で暮らしているんだって思えた。

水が流れていれば、橋がある。
橋がない場所は渡れないから、どこかに行く時、どの橋を渡るかを考える。
そのどの橋を渡ろうか?って考える行為が楽しい。
橋の選び方で、道順が決まる。
橋の雰囲気は川の雰囲気に繋がり、その時の気分がわかる。

その内、立ち入り禁止だった川沿いの土地が整備され、遊歩道や公園になった。
本当に水の側まで近寄れるようになり、
子供の頃よりも遥かにキレイになった水を身近に感じられる。

川の流れの上に建物は建たないから、自然と空が広い場所ができる。
東京駅の近くで、銀座まで歩けるような、いわゆる都心なのに、
川のおかげで、空が広い。
川のおかげで、緑が多い。
川のおかげで、いろんな鳥に出会える。
川のおかげで、魚が跳ねる音を聞ける。

季節の移り変わりを、川面を滑る風に感じる。
水の色の変化で、季節を感じる。
船のエンジン音に、時間を感じる。

風に揺れる木々の音。
船が通ったあとに打ち寄せる水の音。
水の匂い。
季節の匂い。
天気の匂い。

川が流れるこの街で暮らす。
この暮らしが好きだから、
この街が好きだから、
この流れが好きだから、
好きなものを、全部、針穴写真に。
心を、想いを、込めて。
by hariana_no_kokoro | 2005-02-22 17:41 | ご近所針穴 | Trackback | Comments(5)

秋色フレアー

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右端でちょっとお知らせしましたが、
今発売されている、アサヒカメラと日本カメラの
月例コンテストでそれぞれ入選しました。
日本カメラの方が、すごく小さかったので
ここに載せちゃいます。
光りのフレアーとフィルムの色の独特さが
秋っぽくて、自分では気に入っているものです。

月例も含めて、いろんな写真のコンテストってあるよね。
出す、出さないは、個人の自由だと思う。
でも知り合いじゃない人に見てもらうために、
やっぱりこういうコンテストに応募するのも1つの手段だと思う。
もちろん、選者との相性や、その企画との相性もあるから
必ず選評をもらえるとは限らない。
それに、応募すること自体を、邪道と感じる人も多いでしょう。
私も色々言われますけどね。

私は写真の評価よりも、選者の言葉が聞きたいと思い、応募してます。
そりゃ、ある程度の順位をもらわなければ、言葉はもらえないけど
自分が気に入っていたり、好きだと思える写真が、
掲載されるまでいかなければ、
その時は何がダメで、何が足りなかったか?とか、
いろんな材料を振り返って考えます。
当然、答えはもらえないけれど、
自分の中で、応募する手順の流れの中で、
自分の写真なのに、ちょっと離れていくというか、
客観的に見られる部分が増えていく。

客観的にちょっとでも立てると、見方、見え方が変わっていく。
その時、足りない何か、足したい何か、そんなものが掴めるような、
錯覚を感じます。

そして、また新しく撮りに行く時に、
撮る前に考える何かが増えたり減ったり斜めになったりと変化していく。
その変化の積み重ねで、
何が撮りたいのか、何を伝えたいのか、何を自分の中に抱え込みたいのか、
そんな漠然としたものが、生まれて消えて、また生まれます。

生まれて消えて、また生まれて…の繰り返しと積み重ね。
3歩進んで2歩下がるを積み重ねると、1歩ずつは前進してるんだよね。

掴んだと思ったものが、幻だったり、スルリと滑り落ちたり、
遠くにありすぎて、悲しくなったりするけれど、
それでも、現像が上がってきた写真たちを見るたびに
どこか1点でも、ほんのかけらでも、
自分の中の何かが表現できていたらなぁって
いつも期待してしまいます。
by hariana_no_kokoro | 2005-02-21 17:32 | ご近所針穴 | Trackback | Comments(8)

最初の一枚

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初めての針穴写真。
最初のポラロイドピンホールキットのセピアで撮ったもの。

本当にこれで写真が撮れるのか?
どんな景色が写るのか?
・・・あれこれ不安というか、疑問を抱きながら
青い大きな箱を橋の欄干に置いて黒いテープを剥がした。
ゆっくり丁寧にポラロイドを引き抜く。
じっと待つこと90秒。
パリッと剥がして表れたのが、これだった。

写ってる。
一番最初に感じたのはこれ。
撮れてれば、写ってれば、それで良し!って思ってた。

ジーッと見ているうちに欲が出てきた。
もうちょっと光を入れるとどうなるんだろう?
もうちょっとこっちを向けたらどうなるんだろう?
もうちょっと、もうちょっと、が、もっと、もっとになっていく。

初めて見た瞬間、針穴写真というものに、恋に落ちてた。

だからもっと知りたくて、もっと近づきたくて、
もっと私の心を知ってもらいたかった。
針穴写真に。


行き詰まった時、壁にぶつかった時、嬉しかった時、
発見をした時、近づけたって錯覚した時、
先が見えたと思い込んだ時
どんな時にも、常にこの最初の一枚が気持ちの中にある。

ポラロイドだから、既に最初に見た時と色が変わってしまっている。
でも、現物を見なくても、これを見た時の、自分の気持ちは
いつでも正確に鮮やかに思い出せる。

どこへ行っても、どこに落ちても、
私の最初の一歩はここなのだ。
by hariana_no_kokoro | 2005-02-18 16:48 | ご近所針穴 | Trackback(1) | Comments(2)

空と河を見る

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朝起きたら、窓を開けてベランダから空と河を見る。
お天気や季節や時間や気温とか、
毎日空も河も表情が違う。

下のモノクロ針穴写真と同じベランダから、今日はカラーで。

ウチはオンボロマンションだけど、ベランダからの景色が自慢。

もう、寒いの、飽きたから、夏の針穴写真を。
by hariana_no_kokoro | 2005-02-17 12:49 | 晴れの針穴 | Trackback(1) | Comments(6)

好きなのに

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この写真は針穴HOLGAで自宅のベランダから撮りました。
全然、ダメダメですが、マシなほうなので。


モノクロ、白黒、の写真って、けっこう好き。
見た目は白と黒だけで構成されているのに
白から黒への間に何百という濃淡が隠れている。

白と黒だけで構成されているのに
カラーで見るよりも、雄弁に色を感じる。
気温や、音や、光りの強さまで、感じる。

そんなモノクロ写真を、針穴で撮れるようになりたいと
何度かチャレンジするのだけれど、
現像が上がってきた写真自体に
「まだまだだな…」って言われて逃げられちゃう。

いつか思いのままに、モノクロとがっちり組み合えたらいいな。
by hariana_no_kokoro | 2005-02-15 17:32 | 晴れの針穴 | Trackback | Comments(2)

勝鬨橋からの夕暮れ

ぽてぽてと歩くのが好き。
一人でも、誰かと一緒でも。
大事な話しがある時は、歩きながらするのが好き。
歩くリズムで心が落ち着く感じがするから。

飲んだ帰りに一人で歩くのも好き。
夜のビル街はシーンとしていて気持ちがいい。
でも、危ないからやめなさいって怒られる。

近所を歩くのが好き。

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河や運河は大きいのから小さいのまで町の中を流れている。
それに架かる橋は、いろんな形や色で楽しい。
水の色は季節や時間や天気や、自分の気のもちようで変わる。

毎日渡る橋の上から毎日眺める水の流れ。
私はここに立っている。
by hariana_no_kokoro | 2005-02-09 17:27 | ご近所針穴 | Trackback | Comments(2)

逆光が好き

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こうやって、太陽を直接入れるのが好きだ。
太陽の光を直接入れたり、
太陽が映っている水を写したりするのが好きだ。

針穴特有のフレアがバリバリに出ているのも好きだ。

太陽のおかげで針穴写真が撮れるんだと思ったりもする。
(夜も撮るけどね)

この色を、この影を、こうやって感じられるのは
太陽の恵み。
by hariana_no_kokoro | 2005-02-07 22:11 | ご近所針穴 | Trackback | Comments(2)

キレイなだけ??

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写真と文章の内容はあんまり関係ありません。
先に写真の説明を。
近所に大きな客船ターミナルがあります。
そこには夜中にこっそり、自衛隊の軍艦が停まっていたりして
ちょっとスリリングな港です。
闇夜にネオンの明かりをバックに浮かび上がる、
機関銃......で、いいの?
船の甲板についている大砲とか、
それよりも小さい目の大きな機関銃みたいなのとか。
そういうのがとにかくシルエットで浮かび上がるのって
なんというか、雑念を取っ払って、カッコイイ〜です。
戦争も武器も好きじゃないが、建造物としてカッコイイです。
そして、本当にグレーの船は目立たないのね。
あ、写真とは本当に関係ないや。

とにかく、そんな客船ターミナル(この船は海上保安庁の船)の
夕焼けです。
夕焼けなので、露光時間は5分。
フィルムはAGFAのOPTIMA400ってことでISO400です。


本題。

針穴写真って、キレイなだけの風景写真でしょうって
又聞きで聞いてしまいました。
これってどうよ?どうなのよ?

キレイってダメなんですかね?
崩しているとアーティスティックなんですかね?
汚いと、芸術なんですかね?

って言う前にさ、キレイとか汚いとかって、思いっきり主観じゃん。
同じものを見て、きれいって思う人も、汚いって思う人も
存在することもあるでしょうーが。

全てのものに好き嫌いがあるのは当たり前で、
嫌いだと感じるものを無理に見る必要ないし、
キレイだと思っても心打たれなければ流されてしまうだろうし。

一見、むちゃくちゃに見えても、何か伝わってくるものが
核としてあることもあるし、
誰が見てもキレイだけど、心が宿ってないものってあるし。
でもその宿っている心とか、核とかって、
受ける側によってあったりなかったりするものじゃないの?
作る人がいくら心を宿したとしても、
受ける側がオープンじゃなかったら
感じてもらえないことってあるでしょう。

キレイな風景写真なだけでしょ
って言った人は、
その人が見た写真が悪かったのか、
それとも、見た人本人が鈍感なのか
作者とその人との間の波長がずれていたのか
どれかだと思うのに、不用意に
「キレイなだけの風景写真」とバッサリ切るのって、どうなのさ。
って言うか、キレイなだけの風景写真だとしても、それのどこが悪いんじゃ?
って言うか、そんなに全体を言い捨てるほど
あなたは針穴写真を見たのか?と言いたいぞ。

あーーーーー、
書けば書くほど、言いたいことがストレートに伝わらない感じがする。
by hariana_no_kokoro | 2005-02-03 17:33 | ご近所針穴 | Trackback | Comments(6)

大晦日は雪景色

去年最後の針穴写真は、大晦日。

お正月の買い物を終えスーパーを出たら、
真っ白真っ白。
ずんずんと空から落ちてくる雪。雪。雪。
みるみるウチに景色が真っ白になっていく。

早く、早く家に戻って、カメラを取り出さなきゃ。
だってここは東京。
雪景色なんて、なかなか針穴で撮れないもん。

って急いで帰って来たのに、カメラを手にして外に出たら
無情にも雪は雨に変わっていました。
薄暗いので露光時間が長い。
その露光時間の間にもどんどん雨で融けていく雪。
やっと撮れた数枚は大切な雪景色の針穴写真。
でもでも、慌てて焦る気持ちで、数枚ぶれぶれなのがありました。

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青に転ぶSINBIをつかって、蒼い雪景色。
何故か咲いている菖蒲も蒼い。
凛とした静かな空気が流し込まれたように感じます。
by hariana_no_kokoro | 2005-02-01 18:03 | ご近所針穴 | Trackback | Comments(2)

針穴写真(ピンホール写真)を綴ります


by hariana_no_kokoro